スタッフN村による着物コラム

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うー寒い寒い。わが山里は毎朝真っ白な霜に覆われ、紅葉もちりちりと霜枯れて、冬まっしぐらであります。

写真は11月初め、紅葉真っ盛りの頃に撮ったもの。父の通うデイサービスセンターの近くにある飯能の古刹・能仁寺の山門です。

こちらは反対側。境内から山門方向を撮りました。ここは当コラムの33回で新緑の頃を紹介しましたが、晴れてオンシーズンの紅葉をお見せできます。

幕末、上野の戦に敗れてここに立てこもった彰義隊の残党が、官軍の攻撃を受け、寺も飯能の街も灰燼に帰したという悲劇の舞台。

そういや、うちの長押に昔から槍が一本掛かっているんですが、その時の敗残兵が置いて行ったという話を聞いたことがあります。

穂先もちっちゃくて、殺傷能力低そうな槍。これで四斤山砲と戦おうってんだから勝てる訳ないよなあ彰義隊。

 

65. 文楽『玉藻前曦袂(たまものまえあさひのたもと)』鑑賞 

先月ご報告した通り、スマホトラブルで10月以前の写真がすべて失われてしまいました。

この文楽鑑賞も9月15日でしたから、単衣の着物で出かけたんですが、写真なし。

一応着物コラムを名乗ってる以上それもどうよ、ってんで、11月に高校の友人の集まりに着ていった着物写真をアップします。

着物は綿ウールの阿波しじら。春秋に重宝するスグレモノで、手洗いオッケー。

ただ、ウール部分に虫が来ます。

うっかりやっちまいました(これが見事にウールの緯糸だけが食われた)が、裏からアイロン接着の布を当ててゴマ化しました。いいんだよ、普段着だもん。

帯は晏オリジナルのファブリック半幅にあかしさんの帯留。羽織は姉の若い頃のアンサンブルを仕立て直した村山大島。

ええ、わたしゃ大島と言ったら村山か韓国しか持ってませんとも。バッグは叔母の刺繍に姉の仕立て。足袋の色を羽織と合わせてみました。

見えづらいですが半襟も昔古着屋で見つけた端切れです。殺風景な背景ですが、ま、着物のご報告なんでご容赦を。

文楽は『玉藻前曦袂』という珍しい演目。はい、読めませんね。「たまものまえあさひのたもと」と読みます。東京では実に43年ぶりの上演です。

ウチの日本語が不自由なMac君には変換できないので、ネット検索してコピペしました。いわゆる金毛九尾の狐・殺生石伝説に材をとったお話。

ツレは水戸から泊まりがけで上京中のTさんと、その会社の先輩で長唄三味線をたしなまれるというダンディなオジサマ。

 

まずは「清水寺の段」、帝位を狙う薄雲皇子が亡き右大臣・藤原道春のもとから、妖狐退治の宝剣・獅子王の剣を鷲塚金藤次に盗ませる。

道春の娘・桂姫にフラれた皇子は金藤次を使者として遣わし、姫の首を討つよう命じる。姫には采女之助という恋しい男がいるが、これもまた片思い。

続く「道春館の段」、道春後室の萩の方の所へ、金藤次がやって来て、獅子王の剣か桂姫の首か、どちらかを差し出せという。

剣は盗まれてもうない。萩の方が言うには、実は桂姫は神社に参籠した帰りに拾った、神からの授かり子なので殺すにはしのびない。

実子である妹の初花姫を身代わりにどうかと持ちかけるが金藤次は拒否。萩の方は二人に双六勝負をさせ、負けた方の首を討つことを頼み込む。

姉妹は白装束で双六を始め、互いに勝ちをゆずろうとするが、ついに初花姫の負けが決まる。しかし金藤次が討ったのは桂姫。

怒った萩の方は長刀で斬り掛かり、助太刀に入った采女之助がとどめを刺そうとすると、ちょっと待ったと語りだす金藤次。

実は桂姫は金藤次がかつて捨てた娘で、育ててくれた萩の方の娘をどうして殺せようか、悪人の手先となったことを悔い、剣のありかを明かす。

そこへ帝の勅使が現れ、初花姫を宮中に召し出す勅命が下る。初花姫は「玉藻前」と名を変えて宮中に上がる。

…と、長々説明したんですが、次の「神泉苑の段」で、これまでの努力はすべて無駄になります。

初花姫改め玉藻前は、いっきなり金毛九尾の狐に食い殺され、その体を乗っ取られてしまうのです。はい、伝説の妖狐・玉藻前の誕生です。

妖狐が乗り移った玉藻前はその妖力全開で宮中を引っ掻き回します。初花姫だったことも、桂姫や金藤次のエピソードも、なーんも関係ない展開。

これまでの話は何だったんだと思いつつ、いっそ痛快なまでの大暴れです。遣うは桐竹勘十郎、今最も充実した人形遣いの第一人者。

九尾の狐は十種香なんかに出て来るようなチビではなく、中型犬くらいの大きさで、これが走る、跳ねる、空まで飛ぶ。

その上大詰めで「七化け」という早替わりも演じる。7つの役柄を踊り分けるハードな大役。

勘十郎さん、これを遣うのは今回が最後(一昨年大阪で遣っている)だろうとパンフのインタビューでおっしゃってます。

いや、ラッキー。初見の演目という理由だけで夜の部を選んだ(昼は『生写朝顔話』)んだけど、貴重なものを見ることができました。

さて、玉藻前は謀反を企む薄雲の皇子に接近。天竺、唐土で世をかき乱した後、日本を魔界にすることを望み、皇子に協力を約束。

ただ、かつて天竺で野望を妨げられた獅子王の名剣を、都から遠く離れた所に捨ててほしいと願う。皇子は剣を遠く那須(今の栃木県)の旧臣に預ける。

玉藻前は帝の寵愛を独占し、これを恨む皇后と女官たちは暗殺を企てる。廊下で待ち伏せる女たちが近寄ると玉藻の前の全身がカーッと光る。

皇后以下は恐れ戦き、手出しすることも出来ない。帝は病に伏せ、政務を代行する薄雲の皇子は最近召し出した遊女亀菊と酒色に溺れ、やる気なし。

ついに訴訟の裁きまで亀菊に任せる有様だが、実は亀菊、那須の旧臣の娘で、皇子を改心させるべく密かに獅子王の剣を都に持ち帰っていた。

訴訟は陰陽師・安倍泰成の番になり、泰成は玉藻前の正体は金毛九尾の狐で、帝の病はそのせいだ、先日その全身が光ったのが証拠だと言い立てる。

玉藻前はいにしえの衣通姫や光明皇后の例を引いて反論し、泰成をやりこめる。

泰成はならばと帝の病平癒の祈祷を司る幣取りの役を玉藻前に命じることを願い出る。前も了承し、祈祷が始まる。

玉藻前は自分の正体を暴くのが狙いだと先刻承知、暴いてみせよと嘲笑う。泰成が獅子王の剣を抜いて突きつけると、妖狐の本性が現れる。

日本を魔界にする望みがくじかれたのを悔しがり、飛び去ってゆく九尾の狐。薄雲皇子はこの機に乗じて謀反を起こそうとするが、四国へ流罪の勅命が。

さて、那須野が原へと逃れた九尾の狐は、近づく生き物を毒ガスで死に追いやる殺生石と化し、夜な夜な様々な姿に化けて踊り狂っているのでしたとさ。

もうね、女たちがどうとか、逆臣、忠臣、謀反がどうとかどうでもいいのね。ひたすら悪の結晶・狐玉藻の大暴れが痛快。

美しい上臈の顔が一瞬かぱっと狐の顔になったり、全身がぺかーっと輝いたり、仕掛けも楽しく、しまいにゃ勘十郎さん宙乗りで空飛ぶ狐。

殺生石となっての「七化け」は、座頭、娘、若い衆、夜鷹、雷様…とくるくる入れ替わる。文楽の早替わりは人形を持ち替えるだけとはいってもその早いこと。

こりゃハードだ。たしかに60代の体力のあるうちじゃないと遣えない。今回勘十郎さんの大活躍に目を奪われ、床の方はほとんど記憶に残りませんでした。

文楽も人の金に手をつけて落ち延びる男女の話とか、そんなんばっかじゃなくて、こーんな大スペクタクルもどしどし上演してほしいな。

 

観劇後は近くのおでん屋で乾杯。Tさんの先輩のオジサマは長唄三味線をたしなむだけあって文楽にも造詣が深く、最近は仏像彫刻なども手がける大趣味人。

仁左衛門が東京進出したばかりの頃のお話や、網野善彦史学のお話まで、久々に知的刺激に満ちた楽しい会食でした。Tさんありがとう。

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