スタッフN村による着物コラム

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桜の開花宣言は出たものの、北風が冷たく、いっこうに開花が進まない東京です。

ここ青梅は都心よりも一週間以上開花が遅いので、ちょうど入学式の頃が桜の満開になり、私の入学式の記憶は一般的なイメージ通りの光景です。

全国的には入学式では散ってたり、桜なんて5月の花だあ!という地域もあるのに、入学式=桜というイメージの定着はいささか理不尽かもしれませんね。

桜に先駆けて、近所の古刹・安楽寺の桃が開花しました。

お名残の梅ナメで桃畑を撮ってみました。ここは「花の寺」として有名で、梅に始まり、桃、桜、枝垂れ桜と、2ヶ月ほどの間、春の闌けるのを楽しめます。

幹線道路から外れた静かな高台で、ちょっと穴場のお花見スポットです。

 

58.2月の文楽鑑賞『曾根崎心中』

 

2月の国立小劇場文楽公演は、近松名作集と銘打って、第一部『平家女護島』第二部『曾根崎心中』第三部『冥途の飛脚』の三部構成。

私は14時開演という時間の都合が一番いい第二部のチケットを取っていましたが、一緒に行くはずだった友人が風邪でダウン。

急遽代打に立った別の友人も直前に体調を崩し、せっかくの良席を無駄にしてはならじと、つてのつてを辿り、やっと引き受けてもらえたのは見知らぬお方。

平日の昼間っから文楽公演に来られる人ってそうはいないよな。とかいいつつ今回も満員御礼でした。まあ、老老男女でいっぱいですが。

そゆわけで、着ようと思って準備していた帯も着物も羽織も襦袢も虫干しで終わりました。さすがにツレもないのに着物着る意欲はないです。

 

時間の都合だけで第二部を選びましたが、今回刮目すべきは第一部だったようです。見てもいないのにアレですが、ちょっとこっちの話を。

『平家女護島』は二段目「鬼界が島の段」が突出して有名です。能や歌舞伎でも『俊寛』の演題でしょっちゅう上演されてます。

平家打倒を企てた鹿ヶ谷の陰謀が露見し、絶海の孤島・鬼界が島に流された俊寛とお仲間。若い丹波少将成経は島の娘・千鳥と恋に落ちる。

俊寛が千鳥の親代わりになって夫婦盃を交わす中、赦免船が来たものの、冷酷な役人は千鳥の乗船を拒否。

俊寛は都に残した妻の死を聞いて、帰京の甲斐もないと役人を斬って捨て、自分の代わりに千鳥を乗船させる。

「思い切っても凡夫心」去ってゆく船をこけつまろびつ追い慕う俊寛の「おおーい、おおーい」という悲痛な叫び声、最後は呆けたような悟ったような表情。

歌舞伎では数々の名優の熱演をげっぷが出るほど観ましたし、文楽でも観てますが、さあ、この段の前と後、一度も観たことがありません。

まずは前の「六波羅の段」。(以下パンフの解説と、付録の床本によります)

俊寛の妻(僧なのに?)あずまやは夫が流罪になったあと、平清盛に言い寄られ、拒み続けているものの、六波羅(清盛の館)からは矢の催促。

ついに清盛の甥・能登守教経(平家男子Myベスト3の一人)が使者としてやって来るが、教経は知勇に優れた心ある武将。

夫に操を立てるあずまやを理解し、自害を勧める。喜んで自害したあずまやの首を刎ね、清盛のもとへ持参する。

天下に逆らう者とてない清盛に「伯父さん、あんたはあずまやの美貌に恋い焦がれていたんだから、顔だけ持って来りゃ満足でしょ?」と言い放つ。

さすがに鼻白んだ清盛。そこへ俊寛に仕える有王丸が清盛も首にしてやると殴り込むが、大力無双の教経に押さえつけられ、犬死にするなと諭される。

…これが前段。「顔が好きなんだから首だけでいいっしょ」という言い草がスゴイですねえ。しかも全盛期の清盛に。さすが能登殿っす。

さて、鬼界が島でそんなことになってるとは知らず、有王丸は赦免船の着く港へやって来るが、俊寛が乗っていないと知ってがっかり。

自害しようとする有王丸を千鳥が止めるところに、厳島参詣の清盛・後白河法皇の一行が寄港する。清盛にバレるとマズいので、千鳥は有王丸に預けられる。

清盛はなにかと平家に楯つく法皇に入水を強要、あげくの果てに法皇を海に放り込む。これを見ていた千鳥がざんぶと飛び込み、海士の水練で法皇を救う。

陸では有王丸が清盛の軍勢を蹴散らし、千鳥から法皇を受け取ると、肩に担いで逃げ去る。怒った清盛、熊手で千鳥を捕まえ、船端に引き据え踏みつける。

「おお、食い殺せ踏み殺せ、父母の仇の入道に殺されても、一天の君のお命に代わるなら本望」とさんざんに毒づく千鳥の頭を踏み砕く(!)清盛。

すると千鳥の骸から激しい炎が立ち上り、清盛の頭上に取り付く。さすがの清盛も震え上がり、都へと船を返すも、その船を火の玉は追ってゆく…

はい、これが後段。後白河法皇を海に放り込む、ってのもスゴイし、千鳥の頭を踏み砕く、ってのもスゴイですねえ。実に悪逆無道ですねえ。

『俊寛』単独だと、やや渋めの、演者が役の内面を深く掘り下げるような芝居になりがちだけど、前後のスペクタクルぶりはどうよ。ああ、観たかったなあ。

 

さて、実際に観たのは第二部の『曾根崎心中』です。ですが、ストーリーや細かい解説は当コラムのNo.24で詳しく述べたので繰り返しません。

「生玉社前の段」、勘十郎のお初は師匠の蓑助よりも可憐。玉男の徳兵衛は不器用な男の痛々しさを感じます。文字久大夫は復調傾向。

「天満屋の段」、足先で伝える心中の覚悟が見どころですが、苦手の咲大夫であえなく今回も寝落ち。私を叩き起こしてくれる大夫はおらぬものか。

ところでこの『曾根崎心中』は、今でこそ近松の代表作のように言われてますが、初演で大ヒットした後、実に昭和三十年まで上演のなかった作品です。

なんでだろうと愚考いたしますに、実にシンプルでコンパクトなんですな。上演時間は1時間半ほどで、たった3場しかない。

実際の心中事件から1ヶ月後に上演されたそうですから、ニュース速報みたいなもんだったんでしょう。それにしては名文ですが。

近松心中ものの他の代表作『心中天網島』や、今回第3部で上演の『冥途の飛脚』に較べると、登場人物も少なく、脇筋の展開もない。

『心中天網島』なんかは、心中カップルの小春治兵衛より、治兵衛の女房おさんとその周囲の人物が魅力的すぎて、そっちメインの改作が続出。

『冥途の飛脚』も男の意地と見栄で法を犯して逃避行せざるを得なくなった男女が、最後に一目父親に会いに行く、というのが最大の見せ場。

ちなみにこの梅川忠兵衛はしまいに捕まって、心中も叶わず引き裂かれるらしいっす。男は死罪、女は二度の勤めに出たとか。

ま、それはともかく、天網島や冥途の飛脚はアレンジしやすくバリエーションも多く生まれたので、文楽・歌舞伎ともに連綿と上演されて来たんですね。

ところがこの曾根崎は、恋する男と女がひたすらあの世で結ばれようとする、脇筋もサブキャラも少ない純粋なラブストーリーであります。

江戸時代の人にとっては、義理やしがらみや前世の因縁にがんじがらめになって苦しむ人々の方がリアルだったんでしょう。

天網島の改作なんか、今観ると脇筋をこねくり回しすぎてわけわかんなくなってます。でもそっちの方が昔はウケたわけで。

ただ恋のために死ぬ、そんなやつらは秩序の破壊者で、ニュース性が失われれば興味の対象外だったんじゃないかな。

そう、『曾根崎心中』は近松作品の中で突出して近代的なんですね。昭和30年に至ってようやく日本人は近代人になったんだと思います。

 

話は脇にそれますが、ウチの89歳の父親は演歌が好きで、しょっちゅう歌謡番組につきあわされます。

で、演歌の中に歌謡浪曲というジャンルがありまして、三波春夫の『元禄名槍譜・俵星玄蕃』とか、二葉百合子の『岸壁の母』とかが有名ですね。

で、最近立て続けに『梅川』という曲を聴いたんです。もちろん元ネタは『冥途の飛脚』。若手の女性歌手が「歌謡浪曲初挑戦!」とかなんとかいってね。

ナレーションで一所懸命ストーリーの説明をして、歌が描くのは「新口村」の段。梅川忠兵衞が父親の孫右衛門に会いに行く場面。

歌手は「忠兵衛様あああ〜」と熱演絶叫するんですが、ウチの父親はきょとんとして、「やっぱり歌謡浪曲は忠臣蔵ものに限るな」とか言ってます。

制作側や歌い手側の、近松ものをやりたい意欲はわからんでもないですが、いかんせん聴き手の理解が追いつかないのよね。

ちなみに父は歌舞伎も文楽もまったくの門外漢ですが、それでも『お富さん』やお染久松、お里沢市あたりまではなんとなくわかるらしい。

この「なんとなくわかる」ってのが重要なところで、一般大衆の共通認識というか、フォークロアというか、そこまで人口に膾炙してるってことですね。

残念ながら近松世界は昭和3年生まれの一般大衆のフォークロアにはなってないようです。では昭和33年生まれの私はどうか? 

「妻は夫を労りつ〜夫は妻に慕いつつ〜」というのは浪曲『壷坂霊験記』(お里沢市)の出だしですが、「なんとなく」聞いたことはありました。

歌舞伎や文楽を観るようになって初めて「妻は夫を労りつ〜」も「野崎参りは〜屋形船で参ろう〜」も『お富さん』もそういう意味だったのか!と納得。

親の影響で懐メロにやたら詳しい私ですが、歌舞伎や浪曲など伝統芸能に材を取った曲が多いことに改めて驚かされます。

当時の人は「なんとなく」でもこの世界をわかって聞いていたんだなあ、と妙に感心したりして。

日本人が近代化することで再発見された『曾根崎心中』ですが、その近代化の代償に「なんとなくわかる」世界を我々は失ったのかもしれません。

 

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