スタッフN村による着物コラム

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例年5月にキャラブキを作るんですが、今年は春先の高温でフキの成長が異常に早く、4月半ばに一回目を作ったところ大正解。

いつもより柔らかく、差し上げた皆さんからお褒めの言葉をいただきました。調子こいて10日後2回目を作ったらもういけません。

5時間炊いても柔らかくはなりませんでした。まあ、シャキシャキしてると言えないこともないけど。

写真は2回目。亡くなった母に教わった通りのやり方で、まず刈り取ったフキを5センチ程度に切り、水を替えながら5回ほど揉み洗い。

一晩水につけてアクを抜き、ザルに広げて水を切ります。

直径30センチの、ウチで一番大きな鍋に入れて醤油だけを1リットルほど回しかけます。酒も味醂も砂糖も使いません。水一滴も入れません。

沸騰するまで強火にかけ、あとはぎりぎりの弱火で水分がなくなるまでじっくり煮ます。フキ自身の水分が大量に出るので、焦げ付いたりしません。

ほぼ5時間後、出来上がり。フキが硬かったので元の量の四分の一くらいになってますが、柔らかいフキなら体積はもっと小さくなります。

コツといっても、刈りたてのフキで大量に煮ることくらい。あとは絶対に菜箸を使ってはいけないと言われているので、鍋を揺すって返すことくらいかな。

それを体得するのが一番難しかった。菜箸を使うとカビの原因になるんですと。

毎年このミッションが終わると、ああ夏が来るなと思います。

 

70.イマドキ時代小説

先月は晏の東京展があり(新しくちょっとわかりにくい場所にも関わらず、遠方、またご近所からもたくさんのご来場ありがとうございました)、

畑仕事やキャラブキ作り、山と持ち込まれるタケノコの処理など、忙しい上にも忙しく、歌舞伎や落語どころじゃありませんでした。

さて、なにかネタはないかと頭をひねっていたところ、はたとひらめいた。どこにも出かけずに楽しめるエンタテインメント、読書であります。

とはいえここは仮にも着物コラムでありますから、ミステリーやSFというわけにもいかないので、時代小説限定で。それならネタは山ほどあるぞー。

もともと歴史物や時代劇が好きで、清水次郎長一家の二十八人衆や新選組一番隊長から十番隊長まで諳んじてたイヤなガキでした。

中学生の時に司馬遼太郎に出会い、池波正太郎、山田風太郎、隆慶一郎と進み、この大正生まれの先生方が相次いで亡くなられてからは、

ちょっと時代物から遠ざかってました。戦後生まれの作家が書いた時代物なんてちゃんちゃらおかしくってさー! ってなもんです(お前は何年生まれだ)。

ある日ふと書店で目に留まった文庫書き下ろしの『みをつくし料理帖〜八朔の雪』、高田郁?ふーん、知らない作家だけど、なんか料理が美味しそう。

実はマンガでも映画でもお料理ものが好きなもんで、まあ文庫だし、つまらなかったらそれまでだと思い購入。これが大当たりでハマったハマった。

去年NHKでドラマ化されたのをご覧になった人もいるかもしれません。とにかく出て来る料理が旨そうなのと、登場人物のキャラクターがいい。

主人公の澪は大坂の大洪水で両親を失い、名料亭「天満一兆庵」の主人夫妻に拾われる。才を見込まれて料理の手ほどきを受け、腕を磨く。

料亭がもらい火で焼失し、江戸店を任せた息子を頼って、夫妻とともに江戸へ出るが、店は潰れ息子は行方知れず、ショックで主人は澪にあとを託して病死。

残された御寮さん(女将のこと)を守って奮闘する澪は、蕎麦屋「つるや」の主人・種市にスカウトされ、女料理人として働き始める。

この澪がまず美人でない、というのがいい。つるやの馴染み客で謎めいた侍・小松原様に「下がり眉」とあだ名されるくらいの十人並み。

しかし健気で働き者で意外と負けず嫌い、次々に襲いかかる難儀や不幸に敢然と立ち向かう姿に、つい頑張れーと応援したくなるヒロインなんです。

NHK版ドラマの主演は黒木華、ってもうぴったりでしょ? しかしその前にテレ朝でやった単発ドラマでは北川景子。眉下がってねえ!上がってるだろ!

しかも生き別れの幼なじみで吉原のNo.1花魁になった絶世の美女・野江ちゃんことあさひ大夫が貫地谷しほり(NHKでは成海璃子)、ってそりゃ逆だろ!

というツッコミはさておき、脇はどっちも良かった。御寮さんはNHKが安田成美、テレ朝は原田美枝子。種市はNHK小日向文世、テレ朝大杉漣。

これは甲乙つけがたい。特に種市は澪が考案した新しい料理を味見するたびに「お澪坊、こいつぁいけねえ、いけねえよお」と(旨すぎて)絶叫するんだが、

小日向さんもいいんだけど、漣さんの声が忘れられん。惜しい、ホントに惜しい役者を亡くしましたねえ。それからあさひ大夫に仕える料理人の又次。

無口でニヒルな役で、NHKの萩原聖人も悪くないが、テレ朝はブレイク前の高橋一生。ちょっと若いと思ったけどこれが良かったんだなあ。

おっと、ドラマの話じゃなくて小説の話だった。NHKドラマは原作の三分の一くらいまでなので、続編があるだろうけど、小説は十巻完結済み。

一気読み必至ですぞ。私なんか年2回ほど刊行される新刊を、首を長くして待ってたんだから、これから読む人はいいなあ。

全巻誰かに貸し出し中で、手元には作中の料理レシピ本しかありませんでした。作者が一品ずつ自分で作ってみてから小説にしたそうです。ウマそー!

高田郁は他にも『銀二貫』が同じくNHKでドラマ化されてるし、今は『あきない世伝 金と銀』が五巻まで刊行中。

同じく不幸な生い立ちのヒロインが、呉服屋の女主人として成長する話で、今はそれまで前結びの抱え帯を後結びにしたらどうかという着想を得たところ。

そうなのよ、歌舞伎や文楽を見てると、庶民のバアさんはなぜか帯が前結びなのよ。なんでだろうと思ってたけど、江戸時代の前半はそうだったのね。

また、呉服屋は絹物を扱う店、木綿物は太物屋という別商いで、両方扱う店はなかったとか、へええ!な知識満載。着物好きにはオススメです。

さて、高田郁のおかげでイマドキの時代小説に目覚めた私は、猛然と読み始めた。もちろん図書館フル活用でですが。

いやー、いるねえ、いい書き手。ただし女性に限る。男性もいっぱいいるんだけど、なんか主人公無双で深みがないんだなあ。

ドラマの影響で読み始めた佐伯泰英の『居眠り磐音江戸草紙』も、なんとか全51巻読み切ったけど、主人公およびその一党が強すぎてスリルがない。

マンガの『ONE PIECE』みたいでね。マンガっぽいならいっそ文字で書いたマンガみたいな和田竜の『村上海賊の娘』くらいにぶっ飛んでほしい。

図書館で半年待ちだった(買えよ)本作、映像化するならアニメしかないです。マンガ世代ならではのスピーディーでビジュアルなアクション描写。

自らマンガオタクを標榜する三浦しをんなんかも文字で書いたマンガ、って感じだけど、時代劇じゃないのでおいといて、和田竜なら『のぼうの城』も傑作。

男性作家イマイチな中で、例外的にハマったのが中島要の『着物始末暦 しのぶ梅』以下十巻。帯に「高田郁推薦」とあったので手に取りました。

着物の始末屋、今でいう悉皆屋が主人公の人情物。着物というものは、なにかしら持ち主の物語や家族の歴史が刻まれていたりするので、

古着屋や悉皆屋を主人公にしたら面白いミステリーができるんじゃないかとかねがね思っていたところ、見つけたんですね。ミステリーじゃなかったけど。

主人公の余一はこれ以上ないくらいの不幸な生い立ちで、無口で暗くて性格は悪いが、着物の始末にかけては凄腕で、ここ大事なとこだけど、二枚目。

この余一に惚れた一膳飯屋の娘・お糸、その腕に惚れ込んだ呉服屋の若旦那、

同じく吉原一の花魁、余一の出生の秘密を知る古着屋の親父、

その他様々な人物の着物にまつわるドラマが余一を中心に回ってゆく。なかなか着物に関する描写も繊細丁寧で、作者は女性だと思い込んでました。

偏屈でひねくれ者だが心は優しい余一、彼一筋に慕うお糸の恋の行方は…先日全十巻の大団円を迎えました。着物好きならきっとハマると思います。

ちなみにこの作家、本作以前の作品も読んでみましたが、イマイチでした。これからの作品に期待です。

さて、ここで着物好きからちょっと一言なんですが、一口に時代小説と言っても、作家によっては時代考証にちょっと?のつく人がいます。

誰だったか忘れましたが、ある事件の重要な小道具が「帯留」だったので、どっとシラケたことがあります。江戸時代に帯留があるかあ!

また、女性の衣服の描写で帯揚げ帯締めの色まで書かれていたり。するってえとなにかい? 設定は天保年間なのに、この人ぁお太鼓締めてんのかい?

今我々が最もオーソドックスに締めているお太鼓結びは、実は江戸末期に花柳界で考案されたもので、一般女性が締めるようになったのは明治以降。

帯締め帯揚げはお太鼓に必要だから使われるものであって、ましてや帯締めがなけりゃ帯留もありませんわな。校閲もしっかりしてほしいもんだ。

料理にジャガイモや白菜漬けが出て来たらおかしいのと同じで、帯締め帯留が出て来たら、ちょっと眉毛にツバつけて読んで下さい。

NHKの朝ドラ『あさが来た』は幕末から明治が舞台でしたが、女性たちの帯が維新前は引っ掛け結びで、明治以降お太鼓になって帯締め使ってました。

さすがNHK、芸が細かいと感心したのを覚えてます。ただ明治時代の女学生が銘仙を着ていたのはいかがなものかとも思いましたがね。

はいはい、小説の話でしたね。直木賞受賞の先生方もすばらしい人がいっぱいいます。『吉原手引草』で受賞の松井今朝子。

松井先生(あえて先生と呼ぶ)は京都の老舗料亭の娘で、早稲田の演劇学科を出て松竹に入り、歌舞伎の演出なども手がけた人。

武智鉄二の愛弟子で、縁戚には中村鴈治郎家、歌舞伎評論家としてテレビでもよくお見かけします。

こういう人が書く小説ですから間違いはない。江戸時代の名優、初代中村仲蔵を書いた『仲蔵狂乱』、直木賞の『吉原手引草』、

歌舞伎作者の並木五瓶が活躍する『並木拍子郎種取帳』シリーズ、維新前後が舞台の『銀座開化事件帖』シリーズ、

どれもこれも面白く、蘊蓄に富んでます。新刊が出たらケチな私が必ずお金出して買う数少ない作家(笑)です。

『恋歌』で直木賞の朝井まかて。受賞作は幕末史上最も陰惨な天狗党事件が背景で辛気くさいんだけど、

むしろそれ以前の『ちゃんちゃら』『すかたん』『ぬけまいる』なんかがまさに文字で書いたマンガっぽくて面白い。会話はほとんど現代のギャル。

北斎の娘・お栄を書いた『眩』、これもNHKのドラマだけど、宮崎あおいが好演してました。お栄さんは近年とみに人気で、いろんな人が書いてますね。

朝日新聞で大浦お慶(坂本竜馬ゆかりの女商人)が主人公の連載が始まりましたが、単行本を楽しみにして読まずにいます。

直木賞受賞作は時代物じゃないけど、宮部みゆき。現代物は『火車』から『ソロモンの偽証』まで、ほとんど読んでるけど、なぜか時代物は敬遠してた。

なんかオカルトっぽかったんで。しかしまたまたNHKのドラマ『荒神』で興味を持って原作を読んだらあら面白い。

これは謎の巨大生物と闘う怪獣パニックものではあるんだが、時代劇なので自衛隊もバズーカ砲も出てこない。知恵と勇気と火縄銃で闘うんです。

ミステリーの巧さは先刻承知ですが、パニック描写はジョーズやゴジラやグエムルを思わせ、しかししっかりと時代劇。

で、今さらながら『ぼんくら』シリーズを手に取ったら、面白くて面白くて、『日暮し』上下、『おまえさん』上下、シリーズ3作を一週間で読み切っちゃった。

ぐうたら同心の井筒平四郎と、甥っ子で天才的に頭のキレる美少年・弓之助が活躍する時代ミステリーで、これもまたNHKでドラマ化されてます。

(今や時代劇ってNHKしか作ってくれないんだね。大岡越前も伝七捕物帳もNHKだもん)

宮部みゆきは老人と少年を書くのが抜群に巧いですが、この弓之助と、岡っ引き見習いのおでここと三太郎が健気で可愛くて胸キュンなんだなあ。

大人も子供もたくさんの登場人物がそれぞれの切ない事情を抱え、それがていねいに書き込まれてる。だからすべての人物が立体的で魅力的。

現代物でも、たとえ殺人犯であっても作者のまなざしがどこか優しく温かい宮部作品、時代劇でますますその本領が発揮されてます。

ホームグラウンド違いということではあさのあつこ。児童文学畑では言わずと知れた名作『バッテリー』の作者ですが、昨今時代物も精力的に書いてる。

かつて『バッテリー』にハマりまくり、瑞垣くんステキーなどと中坊の野球少年に熱を上げたりしたもんですが、

時代物では『弥勒の月』に始まる「弥勒シリーズ」を7冊まで読みました。これがちょっと特異な作品なんです。なんせ暗い。ものすごく暗い。

主な登場人物は小間物屋の主人・遠野屋清之介と同心の小暮信二郎、それに岡っ引きの伊佐治。

時代物には数えきれないほど同心と岡っ引きが出て来て、どれがどれやらわからなくなりますが、まあたいていは凸凹コンビで、

駆け出し同心に老練な親分さんとか、切れ者同心におっちょこちょいの小者とか、それなりにご陽気なカラーがついてるもの。

しかしこの二人ほど暗いコンビは見たことない。小暮は清之介の過去に食らいつき、蛇のようにねちっこく追い詰める。

それを伊佐治は横で見ながら、この旦那はなんでこう底意地が悪いのかと、腹の中でああでもないこうでもないと思いあぐねる。

その心理描写がしんねりむっつり延々と続くので、起きた事件がなんだったのか忘れちまうほど辛気くさい。

清之介は今でこそ腰の低い小間物屋だが、元は武家で、小藩の重役だった父親に凄腕の殺人マシンとして育てられた過去を持つ。

一応小暮と伊佐治は市井の犯罪を追う町方役人なわけだが、小暮はお役目より清之介の過去を暴く方に熱心だったりする。

ひとことで言うとヘン。陰気な同心と岡っ引きに負けず劣らず、清之介の設定も尋常でなく、この異様さが他の捕物帳と一線を画す個性になっています。

銭形平次や伝七捕物帳的な、見慣れた空気感がどこにもない、ある意味異業種作家ならではの異色作と言えましょう。ってほめてんのか?

あー、他にも近藤史恵、梶よう子、西条奈加、それからそれから、挙げていくとキリがないので、今回はこのへんにしておきます。

またネタに困ったらこの手を使おう。せっせと読み貯めておくことにします。

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